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神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)243号 判決 1981年8月18日

原告

更生会社神戸ネクタイ株式会社管財人赤木文生

右訴訟代理人

池上治

被告

東賀代子

右訴訟代理人

朝山善成

主文

被告は原告に対し金八六万八一二四円及びこれに対する昭和四九年四月二六日から支払ずみで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因一の事実<編注、昭和四七年八月二六日会社更生手続開始決定がなされたこと>は当事者間に争いがない。

二天満店の経営形態について検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  更生会社は、店舗増設のための資金の獲得と販売業績の向上等を目的として、被告との間で昭和四六年三月一六日店舗経営委託契約書により、被告から営業保証金として金二五〇万円の預託を受けて、天満店の営業を右同日より昭和四八年三月一六日まで被告に一任する旨の契約を締結した。右契約書において、同店の運営に必要な経費(家賃、水道、光熱費、商店会費、宣伝費)は更生会社の負担とすること、更生会社は同店の総売上金の二三パーセントを被告の取得すべき利益として同人に支払うこと、被告が人手不足をきたし営業困難となつた場合には、更生会社は被告の要請により店員を派遣すること、被告の経営能力又は努力が不十分のため成績が著しく低下した場合、更生会社は優秀な店員を派遣し一時経営を代行させることができるが、代行期間中も利益配当には関係がないこと、前記契約期間満了の際は再契約を妨げないことが約定されたほか、被告の更生会社に対する身分ないし地位に関する約定として、立地並びに商環境の変化により別に定める基準利益の確保が不可能となつた場合、更生会社は被告の本件店舗解約の申入に応じ、かつ被告の希望する他の店舗を用意すべき旨(第六条)、更生会社は被告を社員として扱い、更生会社規定の給料を支払う旨(第一一条)の規定が置かれ、さらに、解約につき、更生会社より一方的に解約はできず、解約の場合、更生会社は被告の退去する日までに保証金を返還すべく、更生会社の事故により右返還ができなくなつた場合は、更生会社は、店舗賃借権、店舗設備並びに商品を、双方協議決定した価格をもつて被告に譲渡することにより弁済する旨規定されている。右契約は、被告側としては同人の夫である東實の姉東示子に天満店の営業にあたらせるべく締結したものであり、更生会社としても、同店の実際上の営業を右示子が行うことを了承のうえ、被告を契約当事者とする右契約を締結し、そのころ、約定の保証金の交付を受けたものである。

(二)  右約定における、売上金のうち被告が取得しうる二三パーセントの利益は、実質上、被告から預託された営業保証金二五〇万円に対する月三分の利息と、天満店の一人分の人件費月額金八万円位の合計額として考慮されたものであり、その利益率を二三パーセントとした根拠は、同店における過去一年間の売上金の平均月額に対する右利息と人件費の合計額の割合がほぼ右の割合になることから定められたものである。

(三)  天満店における営業には少くとも二人の人員を必要とし、一二月など繁忙のときはさらに増員が必要である。更生会社は天満店に対し、右契約の後、東示子のほかに本社から一名の従業員を派遣していたが、二か月ほど後、示子の希望する従業員に替えることを了承し、同従業員に対する給料を更生会社において支払つてきた。示子の収入は前記のとおり被告取得の利益金のうちに予定されていたが、示子は更生会社の給与台帳に記載され、社会保険の被保険者たる従業員としても取扱われていた。

(四)  天満店の建物は更生会社が他から賃借する建物であり、店舗設備はすべて更生会社の所有に属する。また、本件契約において、天満店は更生会社本社より出庫される商品を更生会社指定の価格で販売すべきものとされ(もつとも、更生会社が会社更生手続開始の申立てに及んだ昭和四七年三月ころ以降、天満店は他からも仕入れを行うようになつた。)、品物の選択は天満店の自由とされていた。出庫に際し、納品伝票は作成されず、同店の売残り商品は更生会社本社が引取り、同店から本社に対し営業日報が提出されていた。

右事実が認められ、これを覆えすべき証拠はない。

判旨右事実によれば、本件契約は更生会社の天満店における商品の販売面に関し、同店の運営を被告に委ね、被告は売上高に応じた利益を取得する反面、預託した営業保証金を更生会社の自由な運用に供するとともに、更生会社のため、同店の管理、商品の販売に従事することを骨子とする店舗委託契約と考えられる。従つて被告は天満店の売上金については更生会社のため保管すべき権利義務を有し、更生会社の求めに応じ、これを同会社に引渡す義務がある。原告は、東示子が天満店の店長として更生会社の従業員であつて、被告には同店の売上金等保管の権限はない旨主張しており、前記のとおり、同店における現実の営業は東示子が主体となつて行い、同人が更生会社の給与台帳に記載されていたとはいえ、右事実は、本件契約上の権利義務関係が更生会社と被告との間に帰属することの妨げとなるものではない。

そうすると、被告が天満店の売上金を自己の占有下に置いていたとしても、盗取にあたらないことは明らかであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

三そこで、天満店における昭和四七年二月以降の売上高、及び、被告の更生会社に対する売上金引渡義務について検討する。

(一)  天満店の昭和四七年二月から同年一一月末までの各月売上高のうち、二月ないし五月、及び七月の売上高が別表1「売上高」<省略>欄記載のとおりの金額であること(ただし、被告が別表2<省略>において昭和四七年二月分売上額として主張する金四万〇八二〇円は、同月売上額から更生会社へ入金された額を差引いた残額をいうものと解される。)、昭和四七年二月から同年四月までの被告の更生会社に対する入金が完了していることは当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば、天満店の昭和四七年六月及び同年八月の売上高は別表2「売上額」欄の該当月欄に記載のとおりであることが認められ<る。><証拠>によれば、天満店の同年九月ないし一一月の各月の売上高は別表1「売上高」欄の該当月欄に記載のとおりであることが認められ<る。>

(三)  <証拠>によれば、更生手続開始決定後の昭和四七年九月これ以降、本社より天満店に対する商品の供給が絶えたので、天満店としては、同店在庫の更生会社商品を昭和四八年二月まで販売し、その旨本社に報告したほかは、他から仕入れた商品を販売して店舗の経営を維持したこと、同店における昭和四七年一二月から昭和四八年二月までの各月の更生会社商品の売上高は別表1「売上高」欄の該当月欄に記載のとおりであること、被告は昭和四七年五月以降昭和四八年二月までの売上金については更生会社に対し入金をしないまま現在に至つていることが認められ<る。>

(四)  <証拠>によれば、天満店の売上げのうち株式会社日本クレジットビューロー(JCB)を通じて支払われる代金については、更生会社本社が一括して右会社に請求し本社に入金される仕組みになつており、天満店に関し、昭和四七年六月以降昭和四九年四月までの間に、別表1「入金額」欄記載のとおり合計金四万七五五〇円、及び、右のほか、昭和四七年一〇月三日売上にかかる金四八〇〇円、同年一一月一日売上にかかる金三二〇〇円の総合計金五万五五五〇円の入金があつたことが認められ、これを覆えすべき証拠はない(なお、証人東實の証言(第一回)中には、昭和四七年一二月以降の売上でJCBを通じ本社に入金されたものは本社供給の商品でなく、被告が他より仕入れた商品の代金である旨の供述があるが、前記のとおり天満店において昭和四八年二月まで本社供給商品の売上が存する事実にかんがみ、右JCBによる入金と被告所有商品との関連を証する資料が存在しない以上、入金処理の時期の点を考慮に入れても、右入金は本社供給商品の代金とみるほかはない。)。

右(一)ないし(四)の事実に前記二に述べた被告の本件契約上の権利義務を併せると、被告は更生会社に対し、天満店の売上金として、昭和四七年五月から昭和四八年二月までの売上高(五月、七月は別表1、2、六月、八月は別表2、その余は別表1による)合計金二七四万八七九九円からその二三パーセントにあたる金六三万二二二四円(少数第一位四捨五入)を控除し、さらに、JCBによる入金五万五五五〇円を控除した残額金二〇六万一〇二五円を引渡すべき義務があるものと一応考えられる。

四次に、被告の天満店における支出について検討する。

(一)  天満店の諸経費については、<証拠>によれば、被告は昭和四七年五月から昭和四八年三月三〇日までの間に別表3<省略>記載のとおり(ただし、昭和四七年一〇月の「雑費」一一〇円、同年一一月の「切手」一〇〇円、昭和四八年三月の「雑費」中一二〇円、及び、同月欄の括孤書き部分を除く。)の支払をしたこと、同表記載費目の「電気代等」は天満店の家主小沢勝之に対し支払つた同店舗に使用の電気代及び水道代であり、「商店会費」は同店が加入している天四北商店会の会費、事業費、「その他」欄の「天神祭分担金」は同商店会における天神祭広告分担金、「商店会抽選券」は同商店会の売出抽選券代であり、「電話代」は同店に架設されている電話の料金であり、「電気器具等」及び「事務具」は同店宛に販売された螢光燈等の電気器具及び文房具であり、「燈油」及び「その他」欄の昭和四七年一一月の石油ストーブは同店宛に販売された右商品の代金であること、「その他」欄の昭和四七年五月の「仕入」は同店が補助商事株式会社から仕入れたカッターシャツ代金、同年八月及び昭和四八年一月の「雑費」は錠前及び戸締金具、同年三月の「雑費」中一八〇円は文房具、昭和四七年一〇月の「広告料」は同店が株式会社大有社に支払つた広告料金であることがそれぞれ認められ(錠前、戸締金具、文房具については同店舗に要したものと推認される。)<る。>

同表「その他」欄の昭和四七年一〇月の「雑費」一一〇円、昭和四八年一一月の「切手」一〇〇円、同年三月の「雑費」中一二〇円については、<証拠>によつても同店の経費支出として認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠がない。

(二)  天満店の従業員給料、交通費については、<証拠>によれば、昭和四七年三月から同年一一月までの間に天満店において営業に従事した東示子、東正吾、東實、中尾佳子、鷹羽豊子に対する給料及び交通費として各月に要した金額は別表2「給料交通費」欄記載のとおりであることが認められ<る。>

(三)  被告は昭和四七年一二月から昭和四八年三月一五日までの各月の従業員給料、交通費は、別表2記載各月の同費用額の平均値を要したものとすべき旨主張するが、右の点は暫く措き、右(一)に認定した天満店の諸経費、及び、右(二)に認定の人件費中、売上額の二三パーセントの金額を超える部分が更生会社の負担すべきものであるか否かについてみると、店舗経営委託契約書には、天満店の経費負担に関して、前記のとおり、店舗運営に必要な経費として、家賃、水道、光熱費、商店会費、宣伝費を括孤書きとし、これを更生会社の負担とする旨の記載(同契約書第二条)があり、また、更生会社は被告を社員として扱い、被告に会社の規定する給料を支払う旨(同第一一条)の記載があるほかは、人件費を含め経費負担関係につき格別の定めはなされていないが、前記二の(二)、(三)に認定したとおり、売上高の二三パーセントの金額の実質的内容が、営業保証金二五〇万円に対する月三分の利息金七万五〇〇〇円と天満店従業員一人分の人件費月額金八万円を基礎とするものであること、同店は通常少くとも二人の従業員を必要とすること、被告側で現実に営業に従事していた東示子を、更生会社において会社従業員として給与台帳に記載していたこと等の事実に、<証拠>を総合すると、更生会社は天満店の人件費の少くとも一人分を含む同店の営業に関する諸経費(右契約書記載の「運営に必要な経費」を運営の基本的な部分に関する経費のみに、あるいは、掲記された費目のみに必ずしも限定する趣旨ではないと解される。)を負担すること、月間売上高の二三パーセントにあたる金額が前記利息額と給料の合計金一五万五〇〇〇円に満たないときであつても、最低、右月額を被告に保障することが約定されたものと認められ、これを左右するに足る証拠はない。

右事実からすると、前記(一)の経費支出のうち天満店の営業に関する費用は更生会社の負担すべきものというべきであるところ、前記同店に要したものと推認する費用のほか、「電話代」、「電気器具」、「燈油」、「石油ストーブ」も先に述べたこれらの代金の内容から同店の営業に関し要したものと推認される。もつとも、各領収証の日付記載によれば、昭和四八年三月分の燈油のうち金三五〇円(一缶分)は同月二四日に、同月分の雑費中一八〇円は同月三〇日に、それぞれ購入されたものと認められ、右は後記本件契約終了後の事実に属するので、更生会社の負担する天満店営業経費からは除外すべきものである。また、カッターシャツの仕入金三万二三三〇円は、更生会社からの供給商品の有無に関連するとはいえ、それ自体を同店の経費とみることはできない。その余の前記費用は営業に関するものであることが明らかである。

そうすると、別表3の支払額合計金二二万八二五四円(電気代等及び商店会費について昭和四八年三月分は、一五日までとして月額の半額)から、前記(一)及び右において経費支出を否定した合計金三万三一九〇円を控除した残額金一九万五〇六四円は更生会社の負担すべき金額となる。

次に、従業員給料、交通費については、前述の最低月額金一五万五〇〇〇円の保障及び更生会社が一人分の人件費(交通費を含めて差支えないと解される。)を負担するという観点において、被告の右支出のうち更生会社が負担すべき部分を算定するのが妥当である。そこで、当事者間に争いがない昭和四七年三月及び四月の天満店の売上高(別表1、2記載のとおり)及び同年五月から一一月までの前認定各月売上高の二三パーセントにあたる金額を算出(小数第一位四捨五入)すると別表4「売上額の23%」欄記載のとおりとなり、右各月額が金一五万五〇〇〇円に対し不足する額は同表「最低額不足分」記載のとおりとなる。そして、先に認定した別表2「給料交通費」欄記載の各月被告支出金額のうち、別表4「売上額の23%」欄記載の各月の金額を超える部分を算出すると同表「認定額」欄記載のとおりの金額となるのであるが、右各金額を該当月の最低額不足分の金額と対比すると、その差額は金四万六七一〇円ないし金七万五九九〇円の間にあり、いずれも金八万円の範囲内の金額であつて、先に売上高の二三パーセントの実質的内容として述べた人件費額に照らして考えると、更生会社の負担すべきその余の一人分の人件費の範囲内にあるものとみるのが妥当である。従つて、更生会社は別表4「認定額」欄記載の金額合計金九九万七八三七円を負担すべきものと考えられる。

(四)  被告主張の昭和四七年一二月以降昭和四八年三月一五日までの天満店従業員給料、交通費については、前記のとおり会社更生手続に入つたころから天満店に対する商品の供給がなくなり同店は在庫品の販売のほかは他からの仕入商品を販売していたことや被告において更生会社への入金を留保するなどの事実があり、更生会社の商品の販売が本旨であつた当初の契約に基づく正常、円滑な営業関係が失われるに至つたと考えられ、前記昭和四八年一、二月の更生会社商品売上額の減少の点も勘案し、同店の営業の内容、規模に変化を生じたことも否定できないところであつて、右事情のもとにおいては、従業員給料等を従前の支出額の平均値から類推算定することは適切でなく、直接当該支出の事実を証する資料によるべきものと考えられるところ、右事実を認めるべき証拠はない。

(五) そうすると、被告は本件契約に基づき更生会社に対し、前記三に認定した保管売上金二〇六万一〇二五円から、更生会社の負担分であつて被告において天満店委託経営の権限により支弁したものと解せられる前記(三)の合計金一一九万二九〇一円を控除した残額金八六万八一二四円を引渡す義務があることとなる。

五被告が権限に基づき保管し、更生会社に引渡すべき売上金につき、自己のため等不法にこれを費消した事実を認めるべき証拠はないから、横領を原因として損害の賠償を求める原告の主張は理由がない。

六被告の保証金返還請求権を自働債権とする相殺の主張について吟味する。

判旨被告は保証金二五〇万円とこれに対する本件契約終了の翌日以降の遅延損害金は会社更生法二〇八条七号、五号の共益債権である旨主張する。本件契約が有償の委任又は準委任として双務契約であることは明らかであるが、同法一〇三条一項所定の管財人による契約解除又は履行の選択は、その規定の趣旨に照らし、既に継続的に本来の契約内容について履行がなされてきた本件契約には適用がないものと解され、本件契約は前記契約期間の満了日である昭和四八年三月一六日の経過により終了したものというべきであるから、保証金返還債務の履行は同法二〇八条に該当せず、従つて、右返還請求権は共益債権ではなく更生債権とみるべきである。

ところで、本件契約に基づく被告の更生会社に対する売上金引渡債務は、前記のところから明らかなように昭和四七年八月二六日更生手続開始の前後にわたり発生したものであるが、更生手続開始当時被告が負担していた右債務と、昭和四八年三月一七日契約終了により発生し履行期の到来した保証金返還請求権との相殺については同法一六二条一項により、また、右手続開始後の債務については同法一六三条により、相殺できないものというべきであるから、被告の右主張は理由がない。

七以上により、その余の点についてみるまでもなく、被告は原告に対し金八六万八一二四円とこれに対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四九年四月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の請求は右の限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(松本克己)

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